友人Mとの会話

飲み屋にて。

わたし「何かおもしろい話はないかい?」
友人M「おもしろくない話ならある」
わたし「他人の不幸は蜜の味というが、僕もそう思うネ。だが本当に不幸だと思っていることなら早々軽く人に話せたりすることはないだろうというのもまた真実だと言える。僕なんかはそちらのほうがよっぽど意を得ていると感じられるネ。然るに、君がおもしろくないと言っても、そう口にした時点では、すでに当の君にはそれほど深刻な問題じゃあなくなっているはずだと、僕には考えられるわけだ。さあさあ話してくれたまえヨ」
M「いやいや、君の言うところは極論だネ。まあしかし僕の事情についていうならば、確かに君の言うことにも一理あって、確かに問題に対する当初の衝撃じたいは収まってきたのだヨ。だが、かといって深刻な事態を抜け出したとは言えないものなのだナ」
わたし「それは一体全体どういうことなんだい」
M「夢の話だ」
わたし「夢? 夜見る? 誰の?」
M「夜見る、僕の」
わたし「君の?」
M「そう」
わたし「フム、それで」
M「殺せ、といわれるのだヨ」
わたし「おいおい、穏やかじゃないネ、君」
M「ああ、まったくだ」
M「このところ、毎晩「殺せっ」と声が聞こえるんだ。それも決まって明け方ごろ。ウワアッと思って起きても誰もいないし、他所からの声とも思えない」
わたし「誰を殺せって?」
M「わからない、ただ「殺せ」という声だけがする」
わたし「それは怖いネ」
M「怖いヨ」
M「憔悴してるヨ」
わたし「いきなり街角で女を襲ったりするんじゃないヨ」
M「別に対象は女に限らんサ」
M「君も用心したまえヨ、フフフン」
M「今は寝ているときだけだからいいとして、覚醒時に声がしたらどうしようかネ? 今まで一度だって、クスリもやってないし電波を通した神の声なども聞いたことがないが、こいつは参ったナ。自分に驚愕を隠せないネ。しかし本領は単なる夢だろう」
わたし「物騒な話の割には偉い冷静な分析だネ。で、夢の話はそれだけ?」
M「アア、それだけサ。何こう見えて僕は神霊の類は全く信じてないからネ。いずれ科学と精神の学が進めば、こういった事例も科学的見地から説明がつくようになるサ。僕も工学博士として、その一端を担うものとして、微力ながらその道を押し進めているつもりだ。だから君にも話せるのサ」
わたし「そういうものかネ」
M「そういうものサ」



「わたし」はときにfiction tellerであって大嘘つきなときもありますが、こいつは本当の話です。