日本の美

 おもしろい日本の美
 日本美術が共有するのは何よりも見る人の好奇心に訴える奇抜な発想と斬新な意匠である。その視角を楽しませ遊ばせるエンタテイメントの精神は、いわば「おもしろさ」を追及する心といえる。美術史研究家・辻惟雄は、『奇想の系譜』『奇想の図譜』(ともにちくま学芸文庫)で、日本におけるユニークな美意識や表現の発掘・紹介を行っている。
 意表をつかれた驚き、感性と想像力が目覚めさせられ、日常性から解き放たれた喜び。そのような働きをもつ不思議な表現世界を、曾我蕭白ら江戸時代の個性的な画家の仕事に見出し、「奇想」としてまとめたのが『系譜』なら、『図譜』では、「あそび」や「かざり」をキーワードに日本の好奇心を読み解く。「かざり」とは、縄文土器から連綿と続く、奇抜さを求め自然や生活からのモチーフを大胆に意匠化する装飾精神である。祇園の山鉾など祭の世界に、実用に反した過剰ともいえる装飾の世界をみるが、かざりの本質を見立てにあるという視点が興味深い。神々の山という趣向を山鉾という造り物にして神をあっと言わせる営為こそが風流であり、こうした見立てこそが日本の美学の本質をなすという指摘は示唆的だ。
 奇想の画家の中でも評者の好みは京都出身の伊藤若冲なのだが、代表作「動植綵絵」は、現実と架空の動植物を描く華麗な作品群。(『動植綵絵 ArT RANDOM CLASSICS』(ビー・エヌ・エヌ新社)が入手しやすい。)生き物の内側に「神気」(神の気)が潜んでいると考えていた若冲は、庭で数十羽の鶏を飼い始める。だが、すぐには写生をせず、鶏の生態をひたすら観察し続けた。朝から晩まで徹底的に見つめる。そして一年が経ち見尽くしたと思った時、ついに「神気」を捉え、おのずと絵筆が動き出したという。鶏の写生は二年以上も続き、その結果、若冲は鶏だけでなく、草木や岩にまで「神気」が見え、あらゆる生き物を自在に描けるようになったという。
 毛の一本一本数えられるほど描き出された鶏は今にも動き出しそうだが、それだけではない。溶けゆく雪のサイケデリックな模様、整然と並ぶ魚と貝の行進など、どこかユーモラスかつシュールな雰囲気が漂う。写実を突き詰めた先の神気みなぎる想像力が伝わってくる。(なお京都御所の北側にある相国寺若冲ゆかりの寺。境内の承天閣美術館では、若冲の作品が常設されている。)
 そして日本絵画の奇想は現代にも受け継がれている。細密に描かれた現代の街、スーツ姿に交じって、ちょんまげ頭がちらほら。そんな時空の溶けあう作風の日本画で知られる現代の浮世絵師・山口晃は、『ヘンな日本美術史』(祥伝社)で、先達たちのヘンさに焦点を当てる。円山応挙若冲お好み焼きに喩え、日本での水墨画の広まりを「ジュリアナ効果」と呼ぶユーモラスな切り口で日本美術を切り取る。絵描きならではの観点と融通無碍の語り口調で美術に詳しくない人でも楽しめる。グーグルマップにも負けない「洛中洛外図」の空間性を論じる章を読んでから、総合博物館にある実物を見に行ってほしい。

 立体としての奇想の美
 平面だけでなく三次元の世界にも美は存在する。奇抜な造形美として古田織部を外すわけにはいかない。グニュッと歪んだ幾何学模様の焼き物を知っている人もいるだろう。一度見たら忘れられないあの織部焼を作り出した戦国武将である。織部の事績については桑田忠親古田織部伝』(ダイヤモンド社)に詳しい。また同書を底本とした山田芳裕のコミック『へうげもの』(講談社)も傑作。虚虚実実の駆け引きのなか数寄に人生をかける人々の生きざまをパースの効いた絵でドバンと見せてくれる。写真集としては、NHK番組「美の壺」のスタッフがまとめた『織部焼』(日本放送出版協会)で、手鮮やかな緑釉、様々な文様、歪んだフォルムなど西洋的なシンメトリーではなくアンバランスを尊ぶ織部好みの美を堪能できる。

奇想の系譜 (ちくま学芸文庫)

奇想の系譜 (ちくま学芸文庫)

奇想の図譜 (ちくま学芸文庫)

奇想の図譜 (ちくま学芸文庫)

伊藤若冲 動植綵絵 ArT RANDOM CLASSICS

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ヘンな日本美術史

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へうげもの 古田織部伝―数寄の天下を獲った武将

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へうげもの(1) (モーニング KC)

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NHK 美の壺 織部焼 (NHK美の壺)

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