崩壊の序曲 もしくは自己欺瞞という名の心理的対応

 昼過ぎ、掃除を終えて一息つこうとお茶を飲んでいたら、部屋のどこかでメキリッと空気の割れる音がした。一番中身が詰まっている上、天板の上にもタウンページや雑誌を積み重ねておいてある隅の木製本棚を見ると立て板が少し傾いでいる。なんだか地面がたわんで断層を作り出そうとしているようすである。
 気のせいだろう、と思い込ませる。「最初からああいうかたちだったんだ」と言い聞かせる。何度も繰り返していると、だんだん本当にそういう気持ちになってくる。



 見なかったことにするという能力は、心安らかに暮らすという誰もが望みながらも果たすことのはなはだ難しい、人生の不如意に対抗するという点において、人類に与えられたもっともすぐれた才能の一つである
                             ―どこかの誰か

 ある時代のもっとも優れた美徳が次の時代にもっとも愚劣な悪習へと転化することは往々にしておこりうることである
 その転換は一瞬にしてなされることであるがゆえに、その教訓も又またたく間に忘れ去られ、同じ愚を繰り返すことになる
                             ―またほかの誰か


 再度ギシッと音がしたようだけど気のせいに違いない。
 傾斜角がますます下がってきたようにも見えるが、錯覚だろう。
 眼鏡変えないとなぁ。補聴器もいるかな?