だいすけよりトシユキ氏への書簡

引出しの奥より発見。学生時代の往復書簡の一片。


   だいすけよりトシユキ氏へ
                     洛東の寮にて
親愛なる父上
連日の寝不足が祟って、目下気分に動揺をきたしています。頭の中で鐘の音が響いています。床に就いてグッスリ城に篭城したいのですが、そうもいきません。卒論という敵はなかなか強大で寝る間も与えてくれません。鐘の音が鳴っているうちは痛みますが、あとになると想い出しもしないくらいです。ただ、この鐘を打つ「槌」は、虫のように増えるんです。一つが収まるとまた三つが鳴り出すという具合です。いずれにしても、大したことではないだろうと思います。
                                     頓首


   トシユキ氏よりの返事

親愛なるだいすけ殿
其許[そこもと]は目前に学士授与を控え、しかも世界史にも通じておることなれば、わが国の民が「槌」との関係に悩まされてた事実は其許に始まらざること承知の筈[はず]だ。極北の地で我らの先祖が振るわられたのは赤地に黄色の槌だったが、もうその槌の旗の国はこの世になくなっとる。また古来よりわが国では、鬼が落としていこうが妖怪の総大将が置いていこうと槌は財をもたらすものと決まっておるではないか。元気を出すべし。
                                     怱々


この親にしてこの子あり。もしくは、この子にしてこの親ありというべきか。
なんというか…。親と子の類型というか人間のかたちは、代々大して変わらんな。我々二人の性質の一部についてはお互いかなりの頻度で同じ類似点を指摘するだろうが、その他多数の自分の気づいておらぬところ(それらは大抵、欠点と呼ばれる)も引き継がれておるのでしょうか。こればかりは血族以外に聞かんとどうにもこうにも説得力を持ちうるという意味での客観にならない。