(ロンドン五輪に合わせて『綴葉』の特集に書いたものです)
紳士の国、ロックの発祥地、サッカー王国、ガーデニングにメイド、イギリスの一般的イメージといえばこんなところだろうか。日本でもなじみ深いこれら以外にも、イギリスには長い歴史のなかで形成されてきたさまざまな文化があり、なかには奇妙なものも多い。ここではそんなちょっと変わったイギリスならではの風物を紹介しよう。
不味い食べもの
まずある意味でもっとも有名な食文化があげられる。『イギリスはおいしい』(平凡社)は実に逆説的なタイトルで、かの国の飯は世界が認めた不味さといっていい。著者のエッセイスト林望曰く、野菜は原形がなくなるまで煮込んでグチャグチャだし、塩味は足りてないことが多いがそう思い卓上塩をかけると味がつきすぎていてからすぎる。なぜこんなトホホな状況になってしまったのかには諸説あるが、川北稔による『世界の食文化イギリス』(農村漁村文化協会)では、もともとイギリスは食べられる野菜も肉食用動物も少ない欧州の食の周辺地域であったため、ヴァラエティ豊かな食の体系を展開できなかったという説を紹介している。(乏しい植生を愛しむためにガーデニングが発達したともいう。)
不味さの代名詞のようなイギリス食だが、アフタヌーンティーに関してはほめる人も多い。その紅茶や菓子に欠かせない砂糖は、アフリカの奴隷貿易とカリブのプランテーション搾取により安価かつ大量の提供が可能となった世界商品であり、産業革命時に労働者の食として一般化した。川北の『砂糖の世界史』(岩波ジュニア新書)からは、こうした食の変化を通してイギリスの(美味しくない)歴史が浮かび上がってくる。
また世界初の工業化、都市化を体験した大英帝国は、同時に世界初の食の近代化をも経験していた。『危ない食卓』(新人物往来社)は一九世紀のイギリス小説を題材に飲食をめぐる問題を考察する。驚くべきは食品偽装、拒食症など現代の食をめぐる問題が既にこの時代に顕在化していたことだ。パンを白くする石膏などの添加物の危険性や輸入食品に対するナショナリズムなど、問題の類似性と今なお続く根深さにゾクリとさせられる。
- 作者: 林望
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お化け大好き
そしてイギリス人は怖いものが大好き。フランケンシュタインもドラキュラもイギリスとは縁が深く、現在も歴史ツアーに幽霊屋敷めぐりはつきもので、心霊術のメッカでもある。英国幽霊クラブ終身会長のピーター・アンダーウッドによる『英国幽霊案内』(メディアファクトリー)は代表的な幽霊名所を紹介するのだが、その数なんと二三六!。偉人の霊、貴婦人の霊、騎士の霊、妖精、学士院会員でもある著者が各地の幽霊スポットを淡々と説明していく。
幽霊の出る不動産は通常よりも高価になるというマニアっぷりには感嘆するしかないが、石原孝哉『幽霊のいる英国史』(集英社新書)は、そうしたゴーストの現場を訪ね歩き、言い伝えの裏に虐げられた民衆の声をみようとするユニークな試みになっている。
- 作者: ピーター・アンダーウッド,南條竹則
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
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- 作者: 石原孝哉
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可笑しくて悲しいユーモア
自分の家の幽霊を自慢しあうようなイギリスのちょっととぼけた気質はユーモアと呼ばれ、こちらも名産品だ。河盛好蔵の『エスプリとユーモア』(岩波新書)で比較されるように、ユーモアはエスプリと比べると漠然としていて確固とした定義はできないが、これなしではイギリスは語れない。『笑う大英帝国 文化としてのユーモア』(岩波新書)に紹介される、女性、子ども、貧乏人、デブ、ヤセなど弱者に容赦しない本場の笑いはすさまじく、著者の富山太佳夫も苦笑するしかない。しかし王室も政治家も神も並べて笑い飛ばす英国気質は階級社会に不可欠な息抜きなのかもしれない。"The How to be British Collection"(Lee Gone Publications)は、そんなイギリス気質を思う存分楽しめるカード集だ。一見よく分からなくてもあとからクスリとさせられるイラストとメッセージが集められ、食も幽霊も含めたイギリス文化を堪能できる。「笑え、さもなくば泣くしかなくなる」ということわざも合わせて考えると、ひとしきり笑ったあと遠い国イギリスが少し近いものに思えるかも。
- 作者: 河盛好蔵
- 出版社/メーカー: 岩波書店
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- 作者: 富山太佳夫
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The How to be British Collection
- 作者: Martyn Alexander Ford,Peter Christopher Legon
- 出版社/メーカー: Lee Gone Publications
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The How to be British Collection Two
- 作者: Martyn Alexander Ford,Peter Christopher Legon
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